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大分地方裁判所 昭和50年(ワ)564号 判決

原告

土井正美

原告

荒木寿男

右両名訴訟代理人弁護士

吉田孝美

(ほか三名)

被告

学校法人佐伯学園

右代表者理事

菅幸雄

右訴訟代理人弁護士

苑田美穀

主文

一  原告らが被告学園佐伯高等学校の教員たる地位を有することを確認する。

二  被告は原告らに対し昭和五〇年九月以降毎月末日限り別紙(略)目録記載の各原告名下の金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は主文二、三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告ら

主文第一ないし第三項同旨の判決並びに同第二、三項につき仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  被告は、学校法人であり、昭和三〇年四月に佐伯市字野岡一二四二六に佐伯高等学校(以下単に佐伯高校と言う)を創立し、以後これを経営しているもので他に大分工業大学(以下単に工大と言う。)大分女子短期大学(以下単に短大と言う)、同附属幼稚園を各経営している。

原告土井正美は、昭和四一年三月、東京電気大学工学部電気工学科を卒業し、同年五月に又、同荒木寿男は、同四五年三月、福岡工業大学電子工学科を卒業し、同年同月にいずれも佐伯高校教員として被告に雇傭され、同教員としての地位にあったものである。

二  被告は、昭和五〇年八月七日原告らに対し、被告学園佐伯高校就業規則三五条三号所定の「学校の縮少もしくは組織の改廃により教職員に余剰を生じたときに当る」として、同月一一日で原告両名を解雇する旨の意思表示をなし(以下、本件解雇と言う。)、以後原告らが被告学園の教員であることを争い、昭和五〇年九月以降の賃金を支払わない。

第三請求原因に対する答弁

請求原因事実は認める。

第四抗弁

一  被告は原告らに対し請求原因二に記載の通り解雇の意思表示をなした。

右解雇は佐伯高校電気科の廃止に伴い電気科専任教員が余剰となったため止む得ずなしたもので、前記就業規則に依拠し正当であることは以下記載のところから明らかである。すなわち

(一)  解雇に至った経緯について。

1 佐伯高校は昭和三〇年四月設立に際し、家政科、林業科、造船科、建築科の四学科を有していたが、翌三一年に普通科、商業科が、同三五年に土木科と本件電気科とが、同三八年に機械科が増設せられるに至り、本件電気科の入学者数も昭和三五年が七八名、同三六年が五五名、同三七年が八六名、同三八年が七八名、同三九年が一二六名と各増加の勢にあった。

しかし昭和四〇年以降は同年が一〇三名、同四一年が五〇名、同四二年が五四名、同四三年が四七名、同四四年が四一名、同四五年が五三名、同四六年が三一名、同四七年が二四名と激減するに至り、同四八年度には入学者増は望まれず、むしろ減少が予想され、学科として成立つことが困難となった(乙一五号証)。

以上のような状態であったため、被告学園は昭和四八年をもって本件電気科の生徒募集を停止した。

尚、入学者の減少による生徒募集の停止は右電気科に限られた事例ではなく、昭和三六年度からは林業科が同四四年度からは造船科、土木科が昭和四八年度から本件電気科の他、家政科も生徒募集を停止しているものである。

そして右の生徒募集停止の結果、本件電気科は家政科と共に昭和五〇年三月、三年生の卒業により在校生が全くいなくなって、右両科共、学科を廃止するの止むなきに至った。

2 被告理事会は右廃科に先立つ昭和五〇年二月六日上提された「佐伯高校の昭和四八年度およびそれ以前より生徒募集を停止している前記五学科の廃止について承認を求める件」と題する議案につき審議の結果、前記のとおり昭和五〇年度中に右廃止手続を採ることを承認決定し、被告は、右決定並に学校教育法施行規則第二条第四号、同第七条の二に基き昭和五〇年七月一〇日頃、同日付を以って大分県知事に廃止届をなし、これに対し同月二〇日付の受理書が交付せられた。

3 ところで右電気科の専任教員は原告両名の他、訴外野村成行の三名で、家政科専任教員は訴外阿部由紀子、同稗田りつ子、同菅初枝の三名であったため、被告は、右六名が前記廃科に伴う余剰人員であると判断し、昭和五〇年二月七日の理事会において右六名に対し退職を勧奨することに決定し、これを実施した。

そして前記野村と菅とは右勧奨に応じて同年三月三一日付で任意退職願を出すことを承諾し、他の者らはこれを拒絶した。

4 そして、被告は、同年二月二五日、原告らの退職勧奨の件につき原告らの所属する佐伯学園労働組合(以下単に学園組合と言う。)と団体交渉を持ったが、同組合は被告に対し原告両名を数学担当に転用せよと要求した。

5 しかし被告が同月二七日、前記組合とは別個組織である佐伯高等学校教職員組合(以下単に高校組合と言う。)と団体交渉したところ、同組合より口頭で前記学園組合の数学転用要求には応ずべきでない旨の申出がなされ、同日、更に同高校組合委員長染矢剛からも電気科担当者で他の教科で必要とされない者から先ず整理すべきである旨の要望書が提出されるに及んだ。

又、数学担当専任教員である訴外森下玉晴、同小野栄、同染矢剛の三名から同月二八日、被告理事長宛に「電気、家政両科の廃止で昭和五〇年度から二学級減となり昭和四九年度の数学科専任教師三名のみによる数学の実施総時間数の完全消化が可能となった。又昭和四九年度は電気科担当の教師一名に四時間(二学級)の実施を依頼していたが、専門外で成果が上がらず生徒の不満も強く、教科の立場上、困まっていたのでこの際、昭和五〇年度の数学科は前記専任の三名のみで担当させて欲しい。若し右が不可能な場合は数学教育に充分の能力ある者の配置を願いたい」旨の陳述書までが提出せられるに至った。

6 そこで被告理事長は、同年三月七日の理事会において原告らへの退職勧奨と学園組合との団交の経過並に前記陳述書に関し、報告をなし、審議を求めたところ、理事長より「学園組合と高校組合との意見が対立している以上、一方の組合の意見だけを採用することはできないし、数学科担当教員と校長とは電気科教員を数学担当に転科させると、佐伯高校の数学教育が低下し、教育内容の充実を重点目標として努力していることへの障害となる旨陳述している。又高校教育は教科担任制であるから原告ら両名を数学担当とすることはこの点からも考慮出来ない」との意見も出て、結局、原告らに対しては今後も退職勧奨を続けることに決定した。

7 そこで理事長が同月一九日、佐伯高校校長室において矢田同校長同席の上原告らに対し退職勧奨を行い、その際同人らに被告外の他の職場への転職を希望するなら、これにつき努力する旨伝えたが、原告らは右勧奨に応じなかった。

8 そこで同月二六日の理事会で原告らの処遇につき審議をなした結果、暫定的取扱として四月からの新学期では原告両名に従前原告荒木が週四時間担当していた機械科の電気一般の授業を担当させる、しかし右以外の授業は分担せず、校務分掌も持たせないで退職勧奨を続けることに決定した。

9 そこで、これと並んで被告は同月三一日付で訴外阿部、同稗田に対し前記就業規則第三五条三号により解雇する旨の通知をなし右につき学園組合から右両名に各給料二ケ月分相当の解決金が提供されるなら依願退職させる旨の申出がなされ、交渉の結果、被告において同年五月二七日金三〇万円を右両名に支払って、両日付を以って右両名は退職願を提出してこの方は解決したものである。

10 しかし原告両名につき依然問題が未解決のままであったため、同年四月四日、同二二日と学園組合とこれにつき団体交渉を持ち、原告らが退職勧奨に応じてくれるよう申入れをなしたが、組合側はこれに応ぜず、反って従前通りの数学担当への転用をしきりに要求する状態であった。

11 そこで被告は次に予定せられていた同年六月一九日の団交に先立ち、同日理事会を開いて原告らの前記転用問題につき審議したところ、同理事会は、「原告ら主張のように数学担当教員に転用した場合は同人らに高校数学全部の授業をまかせることになる。しかし原告らの数学についての学力も問題となっており、又これを問題としたのは現在の数学担当教員であるから、この際原告両名並に前記数学担当教員中、高校教諭免許状を有し、経験年数一〇年以上の者を除くその余の者らにつき高校数学担当教員としての数学の一般学力の筆記試験を行うことにする。」旨の決定をなした。

尚同問題については大分県教育委員会の数学担当指導主事に同作成方を依頼することも決定せられた。

そこで被告は同日の組合との団交において学園組合に対し前記理事会の決定を告げ、原告らにつき数学の学力の点が疑問視されているのであるから、数学につき試験する必要がある旨申入れた。

12 そして被告は同年七月一日付で原告ら両名並びに訴外森下、同染矢に対し「佐伯高等学校の数学担当教員及び数学担当へ転用を志望する教員の学力考査のための筆記試験実施について」と題する通達によって「昭和五〇年七月四日、午后一時より大分市大字一木、大分工業大学会議室において高校数学担当教員としての一般学力に関し試験する」旨通知した。(但し訴外小野栄は高校教諭普通免許状を有し経験年数も二〇年を超えているため、これを除外した。)

しかるところ前記森下、同染矢は受験したが、原告両名は何れも所定時刻に所定場所に出頭せず受験しなかったものである。

13 右の如くであったため、被告は、同年七月二一日理事会を開らき原告らの処置につき審議したところ、「原告ら両名は、電気科廃止決定により同年三月三一日を以って解雇すべきところ、教員間の紛争の回避と原告らを学園以外の他職場に転職させ得ればと考えて現在まで退職勧奨を続けて来た。

しかし、原告らは、右勧奨にも又転職についての話合いにも応じようとしないので、今後も以上のような状態を続けて行くことは出来ない。原告ら両名につきもう一度退職勧奨を行い、同人らがこれに応じないときは、同人らを学科廃止のため前記就業規則三五条三号により同年八月一一日付を以って解雇する。」旨決定せられた。

14 そして被告理事長は同年八月七日、被告法人本部事務局において原告らに面会し、同人らに退職勧奨を行ったが同人らがこれを拒否したため同人らに対し同日付の、「解雇期日、昭和五〇年八月一一日、解雇理由、佐伯高等学校就業規則第三五条三号、学校の縮少もしくは組織の改廃により教職員に余剰を生じたときに当る。」旨記載した解雇通告書と退職金及び解雇手当他と記載した支給金額明記の書面とを読み上げて告知し、もって同人らを解雇したものである。

尚原告らは同書面を受取ろうとせず机の上に置いたまま退室したため被告は念のため同日中に右通知書記載内容と同旨の書面を内容証明郵便にて原告らに送達し、又退職金等も為替書留郵便で送付した。

第五抗弁に対する答弁

一  抗弁(一)の1の事実中、佐伯高校が昭和三〇年設立され、被告主張の学科が設けられたこと、又同学科中被告主張の各学科が生徒募集を停止し、その後廃科となっていることは認める。

しかし廃科の原因の点は争う。

二  同2の事実は不知。

三  同3の事実中原告両名が電気科専任教員である点は認める。

四  同8の事実中被告主張の頃原告らが校務分掌をさせてもらえなかった点は認める。

五  同12の事実中原告らが被告主張の受験をしなかったことは認める。

しかし原告らに何の準備期間も与えず現に数学を専門に担当している者と同列でその学力を比較しようとする発想自体が不公正であり、被告は原告らを解雇する意思を明確にしているのであるから同試験の評価が公正に行われるとも思えない。

従ってこれを受験しなかったことは正当であって、この故を以って原告らが転用への道を自から閉ざしたと言うことは当らない。

六  その余の抗弁事実は争う。

第六抗弁に対する原告らの反論

一  被告の本件解雇は整理解雇の有効要件を欠いているので無効である。すなわち

(一)  整理解雇とは労働者側に帰責事由がなく、使用者側の一方的都合によって行われるものであるから、他の解雇事由による以上に厳しい条件が要求さるべきであり、これが有効であるためには、第一に長期的な経営不振に伴い合理化を行わなければ企業が倒産に至るなど回復し難い打撃を蒙ることが必定でこれを回避するには企業整備をする高度の必要性が現存すること。第二に経営者が右の状況打開のための最大限の経営努力を尽くしたこと。第三に経営者が安易に整理解雇によることなくこれを回避するために企業全体のレベルにおいて配置転換、労働時間の短縮、任意退職募集等の人的資源の有効利用に努めたことの各要件を具備していることを要するものである。

しかも本件の如く教員を解雇するにあっては右条件の他教育基本法六条二項の「教員の身分の尊重と適正待遇保証」の規定の趣旨に照らし企業にとって一層の経営上の切迫した整理解雇の必要性を要するものである。

二  そこで、これを本件解雇について見るに、被告としては前記何れの要件、すなわち法人全体として解決方法を見出そうと努力しても、倒産回避のためには整理解雇による以外方法がないとの必要性の点並びに同解雇回避努力の点につき主張、立証を欠いているので到底右解雇通知を有効と解することは出来ない。その詳細は次のとおりである。

(一)  被告は前記高校の他、生徒急増期において原告らの低賃金、長期労働の犠牲の上で資本を蓄積し、昭和四〇年頃に女子短大を、同四二年に工業大学を設置したものである。

そして、右女子短大は、現在廃校状態にあって同土地建物は遊休資産となっており、何時でも換金し得る状況である。

しかも被告は、組合側の要求にもかかわらず、学園全体として経理状況を明確にしようとせず、又被告は生徒数も減少したが、教員もその過程で解雇されるなどして減少しており合理化の一環としていわゆる嘱託制を拡大して収益率を向上させてもいるのでこれらの諸点から判断すると、被告企業にとって整理解雇を強行するのでなければ企業自体が倒産すると言った差し迫まった経済危機にあるとは考えられない。(乙一八号証の教員一人当りの生徒数比較は上記労働条件の差を無視し、且つ大分、別府等の都市部の数字との比較にもなっているので不相当である。)

被告の右のような良好な経済状態下で原告らを整理解雇しようとする行為は正に学園が取得した自己の財産には一指だに触れずその財産取得のため寄与したと推認すべき教員にのみ犠牲を強いるものと言わざるを得ない。

(二)  又仮に整理解雇が有効であるためには企業にとって前記の如き「回復し難い打撃」の発生まで要求せられないとしても教育事業の本質から考えて右電気科の廃料により原告らが余剰人員となるものではない。

すなわち被告の多数生徒の学力は、おおよそ高校教育の水準からかけ離れて低く、これら低学力の生徒たちに濃密な教育活動を施しその理解力を高めることこそ教育事業の使命と考えられる。

従って教育の質の向上と言う点から考えるならば、原告らが右電気料廃科により余剰となることはなく、被告学園内で原告らに働いてもらう余地は充分過ぎる程あり、又前記被告の資産状態から考えてもこのことは充分可能と言うべきである。

(三)  確かに右に関連して原告らは被告主張の通り数学科、普通免許等を持っていないけれども「工業」の普通免許を持っているので必要な助教諭免許は何時でもこれを取得し得るものであり、又「工業」の前記免許で担当可能な教科は他に多数存在していたものである。

又数学の学力の点についても原告土井は同高校で五年間も数学の授業を担当しているし、原告荒木も「工業」と言う理数科系の免許を取得している点から判断しても暫らくの準備期間さえ与えられるならば、充分数学の授業をなし得たものである。(現に被告はかつて他教員が免許取得のため勤務時間を割いて工大で授業を受けることまで許している。)

この点に関し前記数学科教員らが原告らの転科につき反対しているけれども、右反対には第二組合の委員長染矢が加わっていることや被告の示唆も影響していると思われるので、これを以って原告らに能力なしと判断することは出来ない。

以上のとおりであるので原告らの数学科への転用は充分可能であり教育の質の向上の点から考えると決して余剰人員となるものではない。

三  しかるに被告は以下記述の如く解雇回避のための充分な努力を尽くしていない。すなわち

(一)  被告は原告土井が長く学園組合とその上部団体である私教連の役員であること、又同荒木も前記組合の組合員であることに敵意を抱き、すでに電気科が昭和五〇年で廃科となることを昭和四七年休科となった時点で確実に予見し得たにかかわらず原告らが他の科に転用できるよう配慮しようともせず反って原告らの新教科の助教諭免許取得につき前記他教員の工大での単位取得への協力と同様の措置を講ずることをせず、意識的に原告らにつき転用に関し免許上の障害を作出したものである。

(二)  被告は原告らが単位取得等の努力をしなかった旨主張するけれども、被告において配転の方向を明らかにしてくれない以上、努力のしようもないものであり、しかも後記のとおり被告は、昭和四七年一二月一一日の組合との団交において廃科の故に原告らを解雇するようなことはしない旨確約し、その後、転用の意向もそのための指示も示していないものであるから原告らが転用に備えて努力しなかったのは止むを得ないところと言うべく、これら回避努力をしなかった被告の責任こそ教育基本法の趣旨に反するものとして追求さるべきである。

現に被告らの右配慮のなされていない事実は教務部長柴田が理事会並に同校校長から原告らの処遇につき何ら意見を徴されていない事実や理事会に原告土井の数学担当実績が報告されておらず本件解雇が右実績なしとの前提のもとになされている点からも明らかである。

現に、被告においてその意思さえあれば充分な転用をなし得た事情として以下の如き事実もある。すなわち数学担当の小野、森下両教諭は昭和五〇年三月末日で停年を超えていたのであるから、若し被告において転用の気持さえあれば同人らを直ちに解雇することなく同人らの持ち時間を減らして原告らに同時間の授業を担当させ、経験を積ませて同森下らの勇退を待つと言う円滑な人事調整を行ない得たものであり、このことは小野教諭が昭和五〇年に辞職しその後染矢助教諭が死亡したことにより直ちに現実の問題となっているものである。

しかるに被告らはかかる現実的解決方法すら考慮していない。

第七原告らの再抗弁

一  本件解雇は、権利の濫用として無効である。

被告が解雇回避のための努力を一切なしていないことは前記のとおりである。

しかも被告は昭和四七年一二月一一日の学園組合との団交において電気科が廃科となっても教員は内部調整で解決し、解雇はしない旨約束している。

従って、右約束に反した本件解雇は無効である。

すなわち原告らは右団交前の昭和四七年一二月五日開催の職員会議において学校側が身分保障を確約しない限り生徒募集を強行する旨理事長らに強く申込むべきだとの決議(甲一〇号証)をなし、同旨要望書を被告法人事務局に提出したものであるが、理事長が同月八日電気、家政両科の教員に対し校長を通じて身分保障する旨通知し、又同旨報告が職員会議にもなされたるため、同職員会議でも生徒募集強行方針が撤回され、又同日以降昭和五〇年に至るまでの間、団交の席で合理化問題がとり上げられることはなかったものである。

右事情に照らせば仮りに前記約束が書面によったものではないとしても信義則上同約束に反してなされた本件解雇は無効と言う他ない。

二  仮に、右主張が認められないとしても、右不解雇の合意に反する解雇は無効である。

第八再抗弁に対する被告の答弁並に再反論

一  再抗弁事実は否認する。

二  原告らの前記第六の二の(一)について。

原告らは女子短大が廃校状態であるから同短大の遊休資産を処分しこれによって得た資産を以って原告らの雇傭を継続し得るかの如き主張をなしているが同短大は廃校となっているわけではなく文部省の了解を得て現在学生募集を一時停止しているに過ぎない。

従って学生募集を再開することも考えられ、同土地建物は大学設置基準に適合するものとして保有せられているものである。

又大分工業大学の経費をもって佐伯高校の教員たる原告らに対し給与その他の人件費を支出することは、同大学が経営安定のため国庫補助として私立大学等経営費補助金の交付を受け又その関係で国から適正なる財政運用が求められ、会計検査も受けている現状から言って、到底不可能なところである。

又原告らは佐伯高校経営によって得た収益をもって同大学、短大等が設立されたかの如き主張もなしているけれども失当である。けだし大学、短大等の設立については学校教育法所定の大学設置基準に従って監督官庁たる文部大臣に設立認可申請をなし、同大臣はこれを大学設置審議会に付してその認可の可否を諮問し、現地調査を含む厳密な調査がなされ、同答申を待って設立認可となるものであるが、財政上の問題も厳しく調査され、設立予定の大学、短大が既存の佐伯高校と別途資産により財政運営のなされていることが確認されたが故に、同設立認可を受け得たものである。

逆に言えば同大学、短大の設立が同高校の財政を圧迫するとか高校財産がこれに流用せられていると言うことが調査の結果判明したときは同設立認可がなされるわけがない。

三  同二の(二)について。

原告らは被告に「資力」があるので原告らに他教科の教員免許をとらせ経験を積ませるなどして被告学園内で転用が可能である旨主張している。

しかし現在の私立学校の経営は苦しく限界に達しているような状態で、このことは大分県の高校進学者数が減少し(乙一五号証)私立中津高等学校も廃校が決定していることから見ても明らかである。

私立校としては、国県の補助金なくしては自立し得ない状況下にありしかも右補助金を受けるためには学校経営の合理化が必要条件となっているもので所官庁からも同旨指導がなされているところ、本高校は大分県南公私立高校中第一の教員充足率(乙二三号証)を示しており到底何時新教員免許を取得し得るともわかりかねる原告らを右取得のために多年に亘り雇傭しておくことは出来ないし、又教育の質の向上のためにも雇傭しておくことは妥当でない。

反って、教員確保法案成立後は教員の待遇改善と併行して教員の質の向上も問題とされているところ(現に学園組合は公務員以上の待遇を要求している)、電気科科目以外の教員免許を有せず、しかも他学科の教員免許を取得し得る見込みもない原告らを教員として学園内にとどめ数学教科を担当させることこそ右教員の質の向上に反し学校運営の安定を無視する結果となる。

四  同二の(三)と同三の(一)、(二)について。

原告らは教職員免許法(以下単に免許法と言う)第四条により「工業」の教科について高等学校免許状を有するけれども「数学」「理科」についての免許を有しておらず又学歴も電気に関する専門の工業大学を卒業しているもので被告も同人らを電気科で電気に関する教育を行なう教員として採用したものである。

原告らは、昭和五〇年二月の電気科廃科決定後の団交において佐伯高校の「数学」又は「物理」への転用を求めているが、前記のとおり同人らは右教科免許を有していないので前記免許法三条、二三条により同教科を担当出来ないことは明らかである。

確かに原告土井はかつて免許法附則二条による教科外教科として「数学」の授業を短時間担当したことはある。

しかし、原告は、従前これを根拠に数学科への転用を要求したことはなく、本件訴訟の証人尋問の段階になって初めてかかる要求を出して来たもので、しかも前記法二条による措置は例外のケースとして許される措置であるところ、原告土井は電気科廃科によって本来の担当教科たる「工業」の担当がなくなったのであるから、前記二条による教科担当は許可さるべくもないし、又電気科以外の「機械科」の「電気一般」の授業を僅か週二時間担当したからと言って前記二条の教科外教科の担当が法上なし得るものではない。

従って原告らとしては数学、物理への転用を希望する以上同免許をあらかじめ取得しておくべきであった。

原告らはこの点に関し被告側において右免許が取得出来るよう配慮すべきであったのにその点の努力がなかった旨主張しているけれども大分工業大学には本来の講座内容より「数学」「物理」の教職員課程を履修させることができない。

又原告ら主張の「被告が前記大学で講座を開らき一部教員に教育免許取得の便宜を与えた」との事例は「工業」の臨時免許状(免許法五条)を有する教員に同普通免許状を取得したいとの強い希望があったので、被告がこれに応じ同大学にそのための講座開設につき協力を求めたと言う事例であって本件とは事案を異にするものでもあり、上記のように、前記大学に原告らの希望する講座がなく、又数学等の免許取得につき原告らが明白な希望も表らわしていない以上、あえて被告の方で進んでそのような機会を与える義務はない。

現に、原告らは、前記臨時免許状を取得するための請求手続すらとっていないものである。

原告らは、過去に、土木科、造船科の在学生がいなくなった時(乙一五号証)右二学科の教員がいずれも学園組合に属しながら依願退職し、又同組合もこれを争わなかった事実をよく了知していた筈であり、原告らにおいて教職課程のある施設を利用して転用に備えて必要免許を取得しておくべきであった。

五  被告に解雇権の濫用のなかった事実について。

(一)  原告らは不解雇の合意があった旨主張するけれども従前学園組合は被告と交渉の結果合意が成立した場合には常にこれを書面に作成している(乙二一号証の一ないし一四)もので現に家政科職員二名の退職についても同組合は書面を以って被告に和解を申し込み、又合意成立の結果これを労組法一四条所定の書面(乙七号証)としているものである。

しかるに、前記合意については、これを証する書面はなくこれらの点から判断しても原告ら主張の如き合意の存在しなかったことが明らかである。

(二)  他に本件解雇が信義則に違反するものでないことの証左として、次の事実がある。すなわち、第一に被告は前記の如く何度も退職勧奨を行なって来ているものであり、第二に被告は、右勧奨中において原告らに対し就業規則所定の退職金の他、同額の二割を増積みする旨、又解雇通告後は更に本俸の二ケ月分を加算する旨をも告げているし、右申入れが妥当であることは前記家政科職員の和解金が一人当り金一五万円であった点からもうかがわれるところである。第三に、被告は前記の通り原告らを電気科生徒が皆無となった昭和五〇年四月一日から前記八月一一日までの間、円満退職を期して同人らに従前通りの給料を支払い、又機械科の「電気一般」の授業を担当させてもいるものである。

以上のとおりであるので本件解雇が権利の濫用に当るわけがない。

第九証拠(略)

理由

第一  請求原因事実については当事者間に争いがなく、又抗弁事実中佐伯高校が昭和三〇年設立され、被告主張の各学科が設けられたこと、又同学科中林業科、造船科、土木科、電気科、家政科が被告主張の頃生徒募集を各停止し、その後廃科となったこと、原告ら両名が右電気科専任教員である点並に被告主張の昭和五〇年七月四日の試験を受験しなかったことについては当事者間に争いがない。

第二  右争のない事実と(証拠略)を総合すると抗弁一の(1)の1の事実(ただし、佐伯高校が、昭和三〇年設立され、被告主張のとおりの学科が設けられたこと、及び同学科中被告主張の各学科が生徒募集を停止し、その後廃科となっていることは当事者間に争いがない。)、別表(略)一ないし三記載のとおり昭和四七年から同六〇年までの佐伯高校の校区である佐伯市、南海部郡の中学の卒業者数は大分県教育委員会作成の統計資料を基に試算すると、昭和四七年度において二、〇一二人であったのが年毎に減少して同五〇年には一、七五四人となり、以後、同五二年に一、六八三人と増加する以外は何れの年も一、六〇〇人を下廻る数字にしかならないこと、又佐伯高校の昭和五〇年から同五二年にかけての普通科商業科建築科機械科の各入学者数も別表三記載の通り昭和五一、五二年両年とも同五〇年のそれをかなり下廻っていること、そして、同原因はベビーブームの終了と産業界が昭和四〇年代初め頃までは自己の高度経済成長にあわせて教育界に高校職業課程卒程度の人材確保を要求し、教育界もこれに応えて高校の職業課程を多様化して来たところ、同四〇年代後半に入るにつれ、ベビーブームも去り、又経済が安定成長に転ずるに及んで、右多様化傾向が高校から大学段階へと移つり、中学生の進学希望も職業課程から普通科課程に大きく移動したことが原因と考えられ、右傾向は、今後長期に亘り固定したものとなるように思われること。

以上の諸事実が認められ、(他に、右認定を左右するに足る証拠はない)、これら認定諸事実を彼此勘案する限り被告が昭和四七年自己の経営合理化のため電気科の生徒募集を打ち切り、同五〇年七月一〇日頃大分県知事に右廃科届を提出してこれを廃科した行為は、経営上の責任者として止むを得ぬ措置であったと考えられる。

第三  そこで、次に、被告が昭和五〇年八月一一日右廃科に伴い、原告ら両名を整理解雇する必要性があったかにつき以下検討する。

一  (証拠略)を総合すると

1  被告は、昭和三六年に林業科同四四年に造船科土木科そして同四八年に電気家政両科の各生徒募集を又昭和四七年には女子短大の方の生徒募集をも停止したこと等により授業料収入が減少し、その上、高校への公の助成金も右生徒減に応じて減少することとなるので、これによる被告の経常収入の減少はかなりのものと思われる上、経常支出の面では、設備投資による支払利息、固定資産税等の不変費用が右に比例して減少するものでもないので、将来の生徒増の見込みもないことを考え合わせると、被告の財政状態は当時かなり苦しいものであったことが推察されること。

2  被告は、人件費の面でも講師或は嘱託による授業時間を増やすことにより、かなりの合理化を行って来ておりその結果、当初一〇〇名程いた教員も嘱託を除き昭和五〇年当時四、五〇名程にまで減じて来ているものの、それでもまだ佐伯高校の昭和五〇年当時の教員一人当りの生徒数は一六・七人であって、同年における大分県内私立高校一六校のそれが平均二一・一人であることに比すれば、まだ不経済な点があると言うべく、同校にとり教員数を今以上に増やすことには経営上相当困難の伴うであろうこと、現に、数学科には訴外小野栄、同森下玉晴、同染矢剛ら三名の専任教員がいて、しかも、同人らは、昭和五〇年二月二八日連署の上、被告理事長あてに数学の授業は同年四月以降右三名のみで担当したいので原告らの数学科転用に反対する旨の陳情書(乙四号証)を提出し、当時の同校校長矢田武も理事長あてに右陳情の趣旨を妥当と考える旨の回答書(同五号証)まで提出していること、

3  原告土井は、昭和四一年三月東京電気大学電気工学科を卒業する際、高校の工業普通二級免許を取得し、同四一年五月佐伯高校に教諭として採用され、電気科の教諭として同五〇年まで授業をなし、同荒木は、同四五年三月、福岡工業大学電子工学科を卒業の際、同土井と同種の免許を取得し、同年四月同校に教諭として採用され同五〇年までの間弱電関係の授業を担当していたこと。

但し両名とも右以外の普通免許も又臨時免許(教育職員免許法四条、五条)も有していないので、電気科が廃科となった以上、そのままでは同人らの要望通り数学科に転用されることは免許法上不可能と考えられること。

4  右電気科と同時に廃科となった家政科の教諭訴外阿部由紀子と同稗田リツ子は、昭和五〇年五月二七日被告と各金一五万円の和解金の支払を受けることを条件に、同校を任意退職する旨の和解をなしていること、

以上の事実が認められ、右認定事実のみから判断すると、確かに本件解雇も一応の理由があるかに見受けられる。

二  しかし、(証拠略)を総合すると、以下の如き事実も認められる。すなわち

1  昭和五〇年四月当時における佐伯高校数学専任教員の免許資格、身分、年令等をみると、訴外小野が数学普通免許を有する他は、訴外森下も同染矢も何れも数学については臨時免許しか取得しておらず、特に同染矢は、昭和四一年から同四三年までの間何らの免許なしに数学を担当し、同四四年、四五年は英語の臨時免許に基づいて教育職員免許法附則二項の教科外教科担当として数学を教えていたこと、その他訴外清末哲士は工業の臨免により数学を担当までしていること。

又前記小野は、昭和五〇年四月当時六八歳で一年契約の嘱託の身分であり、同森下も当時六〇歳に達していたため同校就業規則により同年四月以降は矢張り前記小野同様の身分になること、

そして、前記小野は、同年七月三一日頃までに辞意を抱いており、同年九月三一日には被告の正式の承諾を得て同校を退職していること、

2  一方、原告土井は、本来の電気の授業の他、昭和四二年、四四年に電気科一年生に対し週四時間の、同四五年に建築科三年生に対し週二時間の、同四九年に機械科三年生に対し週二時間の数学の授業をなしており、しかも同授業は前記附則二項所定の校長の申請に基く許可を得て行われていること、

3  又原告の荒木は、本来の電気科の授業の他、昭和五〇年四月までの同機械科三年生に対し週四時間の電気一般の授業をなしており又電気関係の授業ではやはり相当程度の数学の使用が必要となっていること、

ところで、電気科の廃止に伴う余剰教員の合理化について、矢田校長の意見では同原告を事務部局或は就職指導担当の係に転用することは可能であったかに思われる上、小松理事も同原告が年令も若いため、工大への転用も考慮しその旨工大側に交渉したが同原告のこれまでの学校側との紛争が原因で工大側の承諾を得られず、結局、転用の目的を達し得なかったこと、

他方、工大の事務職員が本件解雇以後は前記四時間の電気一般の授業を受け持っていること、

4  原告土井が前記のとおり数学を担当したのは、特に、同人の方が原告荒木より同教授につき優れていると言う理由によるものではなく、条件としては平等なものと考えられること、

5  前記小野の退職により、同五〇年九月一杯は森下、染矢の二人で数学の授業を担当していたが、同年一〇月一日付で被告が同年福岡教育大学を卒業したばかりの訴外園田を一年契約の数学の嘱託として採用したため同日頃からは再び以上三人で数学の授業を担当するに至ったこと、

この点からみて数学科の授業のためには少くも三人の数員が必要であると考えられること、

6  なお、被告は、昭和四七年に電気科生徒の募集を打切った際、三年後の昭和五〇年に同科を廃科せざるを得ないであろうことは過去の実績と統計資料とからみて、充分これを予知していたものと思われること、

7  佐伯高校における昭和五〇年四月から七月までの間の六五四名の全生徒を対象とする数学のテストでは、「42+56」の計算のできない生徒が九名、「5×6」の計算のできない生徒が七名あり、「48-0.0048」の計算のできない生徒は二九〇名、すなわち全体の四四・四パーセントにものぼり、学力に問題のある生徒が多いこと、

以上の事実が認められ、前掲証拠中右認定に反する部分はたやすく信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  以上一、二で認定の事実を綜合して判断するに、後記認定のとおり、被告が、原告らを直ちに解雇しなければならない程経済的窮地にあるとは思われない点を考慮すると、被告において、高校教育の本来の目的と指導理念を遵守し、これに基づき、昭和四七年以降において長期に亘る安定かつ責任ある教育を生徒らに授ける意思とこれに必要な人的物的設備に対する合理的配慮とが必要であり、これを前提とすれば、前記小野に昭和五〇年頃までに勇退を求め、その後任として原告土井をそれまでに数学の臨免、出来れば普通免許を得させて数学科に転用させることは充分に可能であり、妥当な措置でもあったと考えられるし、又原告荒木についても訴外森下も相当の年令であるから同人が勇退するまでの間暫くは右四時間の電気一般の授業を行わせ、原告土井同様に数学の臨免をとらせて森下、染矢らと数学を分担して授業させるか(場合によっては原告荒木も加わることとなるが)仮に被告の説得にもかかわらず森下の早急の勇退が望めない場合には、同荒木を工大、或は高校の事務職等に転用して非常勤の形で前記電気一般の授業もさせ、就職係等の仕事もさせつつ、その間数学教諭となるための準備をさせることも可能と思われるし、かような措置は同人の年令、経験年数等から判断して将来の同校の教育内容を充実させる上で、有意義なことと思われる。ことに、佐伯高校の前記生徒の学力程度からすれば、高校の形式的なカリュキュラムもさることながら、先ず、被告は右高校の実態を把握し、現実に即した教育を行い、原告らを右教育の充実化に活用すべきであって、これらからすると、本件整理解雇の必要性を肯定することはできないと解するのが相当である。

四  被告は、これらの点に関し、原告土井には学力も指導能力もなく、現に、原告両名は、被告が昭和五〇年七月四日に施行の数学の学力試験をあえて受験せず又大学で電気を専攻して来たものが、高校数学を教えることは教育の質を低下させるので望ましくない。

又原告らは数学の臨時免許をも取得していない旨反論している。

1  しかし先ず右試験の点については被告代表者菅本人尋問の結果によると試験者側としては「原告らが右試験の結果例え好成績をあげても別段それによって原告らに数学の臨時免許申請のための推薦等しようと言った気持でもなかった」ことが認められ、又前掲各証拠によると、被告側は、同年二月から同七月までの間、しきりと原告らに退職勧奨を続けており、前記染矢らから前記転用反対の要請を受けるや、これを受けて前記試験実施を計画したこと等も認められるので、これら諸事実を総合すると、原告らが右に対し「合理化のため尽くすべき努力を放棄したまま、安易に試験成績を以って解雇を正当付けようとしている」との反感を抱くのも無理からぬものと考えられるし、又そのおそれも充分あり得るものと考えられる。(身分の安定した教員が長期に亘り責任ある指導を継続することこそ生徒の教育にとり望ましいものと考えられるがかかる観点から見ると、一教師の一時点における数学の知識が他よりどの程度優れていたかと言うことはさして重要なこととは思われずむしろ前記の実のある指導が当該教師にとって長期的に可能か否かと言うことこそ重要であり且つ教員適格判定の基準たるべきものと思料される。

従ってかかる点の考慮を欠いた試験は全く無意味とも言うべきである。)

従って先ず被告において他に充分な転用のための努力が尽くされたとの事実が立証されない限り右受験のなかったとの事実を以って解雇の正当事由の一つとすることは許されない。

しかし、本件においてはかかる充分の努力がなされたとの事実を認めるに足る証拠はなく、これを認め得ないところである。

2  次に、原告らの教育能力が劣っているとの点については全くこれを裏付けるに足りる客観的資料がないばかりか、前認定の原告らの学歴、佐伯高校における授業の実績等から判断すると充分の数学教育能力を有していたものと認められるところである。

3  又免許の点についても、前掲各証拠によると電気料の生徒募集停止から同廃科までの間三年の期間があったのであり、この間、被告は、昭和四八年採用の工業の臨免した有していなかった同校教員訴外佐藤一吉に対し同人が大分工大で普通免許取得のため必要な講義を受講することを許し同人に同免許を得せしめる等の便宜を与えている事実も認められるので、これら事実からみると、若し被告に転用のための合理的配慮さえあれば原告らもその学歴、教育歴等から考え通信教育等の方法を利用することにより充分数学の普通免許もとり得たものと思われる。

被告は、この点に関し、原告らが転用のための必要免許を取得しなかったのは原告らの努力不足のせいであるかの如き主張をなしているが、整理解雇なるものが従業員の責によるものでなく、むしろ経営者側の経営見通しの甘さによることが多い点を考慮すると、被告としては昭和四七年当時原告らに対し必要免許を取得するよう指示し又そのための便宜をも出来る限り供与すべき責任があったと考えられるので右非難は当らない。

4  かえって前掲各証拠によると被告理事小松は昭和四七年一二月一一日開かれた被告と学園組合間の団交の席上、原告らの身分保障の要請に対し「生木を裂くような真似はしない。」とあたかも右要請を了承したとの印象を与える発言をなし、しかもその後は組合側からの右の点に関する要請がなかったのをいいことに、別段免許を取得するようにとも、これがなければ転用出来ないとの警告も与えないで放置しておきながら、昭和五〇年二月に至り突然原告らに退職勧奨に及んでいる事実が認められるので、これら認定事実から判断すると、原告らとしては同日に至るまでの間全く無免許を理由に解雇されようとは予想もしておらなかったと思われるし、又その大半の責任は被告側にあるものと考えられるので、一層右無免許の故を以って解雇を正当付けることは許されないものと思料される。

むしろ被告としては前記言動をとった責任上も原告らに対し同人らが前記免許法五条三項の臨時免許状を取得し得るよう協力すべきであったし、又右協力さえあれば原告らが右免許を充分取得し得たであろうことは有に推認しうるところである。

よって右の点に関する被告の主張は失当と言う他ない。

五  そこで、次に、被告が前記転用も不可能な程経済的にひっ迫し、著しい窮状にあったか否かにつき判断する。

(証拠略)を綜合すると、次の事実が認められる。

1  原告土井の昭和五〇年九月当時の給与は月額金一二万五、四〇〇円で同荒木のそれが金一〇万七、二〇〇円であるところ、前記小野は金一一万一、〇〇〇円、同森下は金一一万円、同染矢は金一三万六、三〇〇円の各給与を得ていること。従って原告土井の給与は訴外小野より一万四、〇〇〇円程度高額で反対に原告荒木の給与は訴外森下より二、〇〇〇円程度、低額となっていること、

2  原告土井が佐伯高校に就職した昭和四一年当時、同校の在校生数は一、五〇〇名程で教員一人当りの受持時間数は週二〇時間から二二、三時間(原告土井は二四時間)又一クラスの生徒数は六〇名程で教員の資格は一〇〇名中約三〇パーセントの者が無資格又は臨時免許によるものであったこと、この間、被告によって、女子短大が昭和四〇年四月に、工大が同四二年四月に何れも設立経営せられたが短大の方は前記のとおり休校になったが、工大の方は現在設備を拡大するなどし、かなりの収益をあげているものと考えられること、したがって、被告全体としてみれば、その経済状態は悪化の傾向のみにあるとは思われないこと、

3  一方、原告らは、前記団交において被告に対し原告らを転用出来ない程に被告の経済状態が悪化しているのなら被告の財務関係資料を示して説明して欲しい旨何度も要求したに拘らず被告は一向右要求に応じようとしなかったこと、

以上の事実が認められ、前掲証拠中右認定に反する部分はたやすく信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実を総合して判断すると、被告は、未だ前認定の、原告らの転用措置をとり得ない程経済状態が悪化しているとは考えられないところである。

六  なお、付言するに、(証拠略)を総合すると、原告土井は、昭和四三年三月、他一四名と共に被告より解雇され内七名を以って大分私教連佐伯高校分会を結成して解雇撤回運動をおこしたところ、被告は同年四月一五日右七名全員の解雇を撤回したこと、そして、同分会は、同年五月頃佐伯学園教組に吸収合併されその後短大、工大の労組も右学園教組に吸収されて一本化されたこと、

原告土井は、同労組役員として昭和四三年九月に分会長、同年五月六日第一回目の執行委員、以後同四五、四六年に書記長、同四七年から同五一年までと同五三年に副委員長、同五二年に執行委員をつとめ、他方、私教連役員として同四三年から同四五年まで執行委員を、同四六、四七年に副委員長を同四八年から同五二年まで書記長を各つとめていること、

又原告荒木も、同組合の若手組合員として活躍していること、

被告は、工大理事長が昭和四五年九月、ストライキによって身をかくした際、工大の教授らが自主講義したことを経営権の侵害にあたるとして橋本委員長他一四名を解雇したところ、内四名から右を不服として当庁に地位保全の仮処分申請がなされ、被告は、右異議の第一審で敗訴し控訴審で和解している等何度となくその従業員の解雇問題を生ぜしめていることが認められるところであり、これらの点から考えると、被告は、労務問題を安易に解雇によって片付けようとする傾向が見られなくもなく、これに前認定のような本件解雇の経緯をみると、本件解雇も差し迫った整理解雇の必要性があってなされた解雇と思料することは一層困難である。

七  よって被告の本件解雇は就業規則所定の整理解雇のための必要性を未だ充足しておらず、無効と言うべきであるし、又前記事情に照らすと信義則上も又許さるべきでないと言うべきである。

第四  以上説示のとおり、本件解雇は、いずれも無効であって原告らはいずれも被告の教員としての雇傭契約上の地位を有するものと言うべきところ、弁論の全趣旨によれば、被告は、本件解雇以後、原告らを教員として認めず就労を拒否し、別紙目録記載の各給与を支払っていないことが認められるので右地位確認並びに右賃金の支払を求める原告らの本訴請求はいずれも理由あるものと言うべきである。

よって、原告らの本訴請求は理由があるから全部これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田畑豊 裁判官 弓木龍美 裁判官 石原敬子)

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